ちょくげノート

日々のことを綴ろうと思っています。はてなダイアリーが終了してしまったのではてなブログに全記事移行しました。

日記の再開

最終更新日が1年以上前なのはめっちゃ笑う。三日坊主どころの騒ぎじゃなかった。
最近、Evernoteで、その日自分が何を感じたのか、感情の日記をつけることにしたので、それを書いてたらはてなダイアリーでも日記を書きたくなって出戻りしました。

日記の精神は続けることだけど、私はそれが何よりも苦手なのだ。
だからなるべく続けるために、今度は日記を書くのが負担にならないように工夫したい。
「書きたくねえな」って思いながらダラダラ続けるのはクソだと思う。だからそう思わないようにしていきたい。
瞑想するときも、瞑想は習慣にすることがキモなので、瞑想のことを嫌いにならないようにする工夫というものがあったりする。
しかしそれって精神論じゃないですか。
「思わないようにしよう」「いいことを考えよう」たって書けないときは書けないし書きたくないときは書きたくない。
「思わないようにしよう」っていう決意、これ決意でもなんでもなくて、簡単に流れる空疎な言葉ですからね。
リマインダに「書け」って言われても一瞥もくれないでサボるとか私にはチャメシインシデントなわけで。

はい、じゃあ、どうするか。書くことをあらかじめ決めておく。
「書きたいこと」が見つからなかったとしても「書けること」ってずっと手元にあるじゃないですか。だからそれを使う。
ここはシンプルに「感じたこと」で行きたいと思う。Evernoteの方の日記もこのスタンスで続けているので、こちらも同様の姿勢を貫こうと思う。
感じたことには「日記を何が何でも書きたくない精神」も含まれるので、本当に無理になったら無理になったことを記述すればいいのだ。
いや、無理なときは本当に無理で、息をすることすら無理になるのでそもそも物理的に日記が書けないということは十分にあり得て、まあそれはそれで無理じゃなくなった時にまとめて書けばいい。
無理になったことのある各意にはピンとくるかもしれないけど、無理な時って本当に無理なんですよね。ええ。

Evernoteに書いたのは一応見られることを前提にしてはいるものの、完全プライベートなので個人的なことをなんでも好きなように書ける。
一方こちらと言えば完全に人に見られているので、そうもいかない。
ここまで書いている文体をEvernoteのものと比較すると完全に文面が冷めてるしカッコつけてるしテンションが低いのがわかる。わかりやすいな、私。
これで自分の中での日記の住み分けは完了した。あとは書くだけとなった。

もともと日記の動機はSSが書けなくなったことのリハビリと、過去の自分がどう思っていたのかを探る時の手がかりにするためと、感覚と感情を言語化する訓練だった。あと、思考と筆記のタイムラグをなるべく縮めるという思惑もある。
Evernoteガリガリやってたらノってきてしまったので、勢い余らせてはてなダイアリーに戻ってきたというわけです。

基本的には自分が感じたことをまとめていくつもりですが、それだけではなんなので、数学とかロジバンとか、その辺でもなんか書いていきます。というかそっちがメインになるかな。